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トップジョッキーから若手まで 
騎手の海外遠征



数々の日本馬たちが、ヨーロッパやアメリカなど、競馬の本場に遠征を行なうのと同様に、日本の騎手たちも過去に数多く海外遠征を行ないました。その歴史を振り返ります。

騎手が海外遠征を行なう理由

騎手が海外遠征を行なう理由

現在行なわれている近代競馬はイギリスで発祥し、ヨーロッパやアメリカを中心に発展していったものです。日本はそれらの国、特にイギリスを見本として、競馬のレベルアップを図ってきました。それは馬の質だけでなく、かかわる人の技術力も同様です。日本の騎手にとって、海外の騎手から学ぶ技術は多かったのです。また、「本場」で腕を試したいという声もあり、騎手の海外遠征を実現させました。

騎乗フォームに大きな影響をもたらした保田隆芳さん

日本で初めて海外の競馬に参戦した馬はハクチカラであり、1958年からアメリカに遠征しました。実はこのとき、ハクチカラの主戦騎手である保田隆芳さんもアメリカに滞在して現地の競馬に参戦しており、これが日本人騎手初の海外遠征です。

保田さんは遠征中に、アメリカ人騎手が主流にしていた騎乗フォーム「モンキー乗り」をマスターし、その後、今では当たり前となっている「モンキー乗り」を日本に普及させました。

日本人初の海外勝利を挙げた野平祐二さん

海外のレースで初めて1着となった日本人騎手は、「ミスター競馬」と呼ばれた野平祐二さんであり、1959年にオーストラリアで白星を挙げました。日本人騎手の中で特に海外への意識が高かった野平さんは、1970年代にフランスへの長期遠征を敢行し、この時期にも見事勝利を挙げました。

野平さんの遠征を見て、その後トップジョッキーとなる岡部幸雄さんも、様々な国へ積極的に遠征しました。

日本のトップとして長期遠征を敢行した武豊さん

1987年にデビューした武豊さんは、トップジョッキーとしていくつもの記録を樹立したあと、2000年からアメリカ、2001年からフランスに本格滞在します。日本競馬の第一人者が、年間を通して拠点を海外に置くという異例の挑戦でした。

しかし、アメリカ・フランスともに騎乗馬の確保に苦労したため、この遠征は必ずしも好結果をもたらした訳ではありませんでした。

武さんは再度拠点を日本に戻しますが、その後も様々な国のレースにスポット参戦しています。

武者修行に行く若手ジョッキーも多数

トップジョッキーだけでなく、まだ実績の少ない若手騎手も近年では頻繁に遠征しています。特に、日本でビッグレースが組まれない7~9月の間は、1~2ヵ月程の遠征を行なう騎手も少なくありません。

日本から遠征した騎手は、決して多数のレースに参戦できる訳ではありませんが、現地で調教を手伝ったり、スタッフたちとコミュニケーションをとったりする中で、海外の技術を学んでいきます。