ご希望の競馬場情報を無料で検索できます。

施設検索/ホームメイト・リサーチTOP

レースマップ
競馬場
トップページへ戻る
トップページへ戻る

競馬場情報

騎手のご紹介(1)武豊騎手について



競馬ファンでなくても、武豊さんの名前を知っている人は多いものです。彼の来歴や記録などを振り返ります。

来歴

来歴

武豊さんは1969年生まれで、父はJRAのトップ騎手だった武邦彦さんです。幼い頃から競馬関係者に囲まれた環境で過ごし、やがて父に憧れ、騎手としてのデビューを目指します。

デビュー後

デビューは1987年のことでした。1年目から新人としては異例の69勝をマークし、当時の新人最多勝記録を樹立しました。

2年目にはスーパークリークで菊花賞を制し、初となるG1での勝利を飾り、3年目にはJRA最多勝利騎手を獲得しました。その後、1992年から16年連続JRA最多勝利騎手になるなど、史上最速のペースで白星を積み重ね、数々の記録を塗り替えていきます。

勝利数だけでなく、G1レースでの活躍も顕著で、2005年にはJRAのG1年間6勝の最多記録を、2010年までには23年間、JRAのG1を連続で制覇するといった記録も達成しています。

海外での活躍

武豊さんは海外での実績も豊富です。1994年にはスキーパラダイスに騎乗し、フランスのG1ムーランドロンシャン賞を制覇し、日本人騎手として初めて海外のG1で勝利しました。しかもこの出来事は、日本馬ではなく海外所属の馬でG1を制すというセンセーショナルな内容でした。なお、スキーパラダイスの馬主は日本人の吉田照哉さんです。

その他にも、シーキングザパール1998年モーリス・ド・ギース賞(モーリス・ド・ゲスト賞)や、ステイゴールド2001年香港ヴァーズなど、多数の馬で海外のG1レースを制しています。

コンビを組んだ主な馬たち

数々の名馬に乗ってきた武豊さんですが、ここではそんな彼が乗った名馬たちを紹介します。

ディープインパクト
2004年~2006年まで現役生活を送ったディープインパクトは、三冠(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を含め、7つのG1レースを制しました。ディープインパクトが出走した14戦すべてで武豊さんがコンビを組んでおり、同馬の強さを形容する言葉として使われた「飛ぶ・飛んでいる」という表現は、彼が発したものでした。
メジロマックイーン
1990年~1993年まで現役として走り、3,000mを超える長距離では圧倒的な強さを誇りました。武豊さんは、同馬の現役2年目となる1991年からコンビを組み、引退までにG1で3勝しました。
また、1991年のG1天皇賞・秋では、1着で入線したものの、スタート直後の進路の取り方が「他馬を妨害した」と判断され、18着に降着するという波乱もありました。
オグリキャップ
オグリキャップは、1988年に地方競馬の笠松競馬場から移籍しました。武豊さんは2度しかオグリキャップに騎乗していませんが、どちらのレースでもG1勝利を飾っています。
特に、オグリキャップと2度目のコンビとなった1990年の有馬記念は、競馬史に残る名レースとされています。近走不振だったオグリキャップが、引退レースの有馬記念で武豊さんを背に復活したのでした。このようなドラマを経て、彼の人気も不動のものになっていきます。