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騎手のご紹介(2)岡部幸雄騎手について



岡部幸雄さんは、1960年代後半から2000年初頭にかけて、トップジョッキーとして君臨しました。彼の足跡や騎乗スタイルを振り返ります。

来歴

来歴

岡部幸雄さんは1948年に生まれ、1967年にデビューして以後、2005年までの38年間、トップジョッキーとして活躍します。

初めてG1級のレースを制したのは1971年のカネヒムロで勝ったオークスであり、その後はコンスタントに重賞レースで勝ち、着実に実績を重ねていきます。

1987年と1991年にはJRA最多勝利騎手のタイトルを獲得し、名実ともに日本を代表する騎手となりました。

海外競馬への思いも人一倍強く、アメリカへの遠征などを頻繁に行ない、1994年にはマカオのマカオダービーを制したこともあります。

2005年の引退までに積み上げたJRAの勝ち星は2,943勝にものぼります。引退後は調教師にならず、競馬評論家として活動しています。

騎乗スタイル・理念

岡部幸雄さんの考えを表す言葉としてよく使われたのが「馬優先主義」という言葉です。これは彼のアメリカ遠征によってもたらされ、目先の勝利にこだわり過ぎず、馬の成長や気持ちを第一に考えるという意味で、当時の競馬サークルでは珍しいものでした。

レーススタイルにおいても、とにかく「馬に無理をさせない」競馬を行なっていました。ゴールギリギリまでゴーサインを出さず、体力を温存しながら勝たせる競馬も数多く見られました。

コンビを組んだ主な馬たち

岡部幸雄さんがコンビを組んだ馬について紹介します。

シンボリルドルフ
岡部さんにとって、騎手人生最大の出会いとなったのがシンボリルドルフです。1983年~1986年の間に、三冠レース(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を含むG1レースで7勝を挙げました。すべてのレースで岡部さんがコンビを組んでおり、隙のないレーススタイルが特徴でした。
有名なのは、日本ダービーにおけるエピソードです。勝負どころで岡部さんがゴーサインを出してもまったく反応しなかったシンボリルドルフですが、ある地点で馬が自分から加速し、ゴール前で先頭をとらえ勝利します。岡部さんはレースを振り返り、「ルドルフに競馬を教えてもらった」とコメントしました。
タイキシャトル
1997年~1998年に活躍したタイキシャトルは、そのほとんどのレースで岡部さんがコンビを組みました。タイキシャトルが所属していたのは、名門・藤澤和雄厩舎です。岡部さんは藤沢厩舎の馬に騎乗することが多く、同厩舎の好成績の要因でもありました。
タイキシャトルは国内の短距離G1を軒並み制しただけでなく、フランスのジャック・ル・マロワ賞(1998年)にも優勝します。「日本の馬で海外のG1を勝つ」という、岡部さんの長年の夢を達成した名馬でした。