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騎手のご紹介(5)河内洋騎手について



河内洋さんは、日本ダービーをはじめ、多くのG1レースをものにした騎手です。彼の来歴やコンビを組んだ名馬たちを振り返ります。

来歴

来歴

1955年、河内洋さんは親族に調教師がいるなど、競馬関係者が多い一族に生まれました。武田作十郎厩舎に騎手の見習いとして入門すると、1974年にJRA騎手としてデビューします。初騎乗となった3月3日の中京第2レースにおいて、ホースメンレディで勝利し、初騎乗初勝利を達成します。

以後、2003年の引退までに2,111勝、うち重賞レースで134勝の実績を残します。引退後は、JRAの調教師へと転身しました。

牝馬による実績

現役時代に「牝馬の河内」と呼ばれる程、牝馬による大レースでの強さが目立ちました。1986年、史上初めて当時の牝馬三冠レース(桜花賞・オークス・エリザベス女王杯)をすべて制したメジロラモーヌを筆頭に、短距離G1を2勝したニシノフラワー、牡馬に混じって同じく短距離戦線でG1を2勝したダイイチルビーなど、河内洋さんとともに活躍した牝馬は多数います。

親子三代に騎乗しクラシック制覇

河内洋さんが騎乗して2000年の日本ダービーを制したアグネスフライトと、その弟で翌年の皐月賞を制したアグネスタキオンは、河内さんがコンビを組み桜花賞を制した牝馬、アグネスフローラの子です。さらにアグネスフローラの母であるアグネスレディーも、河内さんが騎乗しオークスを勝った馬でした。彼はこの一族で、親子三代に騎乗してのクラシック制覇を達成しました。

コンビを組んだ主な馬たち

河内洋さんがコンビを組んだ馬について紹介します。

ニホンピロウイナー
1982年にデビューしたニホンピロウイナーは、1,600m以下のレースで絶対的な強さを誇りました。同馬が手にした3つのG1タイトルは、すべて河内さんの騎乗によるものでした。さらにニホンピロウイナーと河内さんは、当時の絶対王者であったシンボリルドルフに挑むため、適距離でない2,000mの天皇賞・秋にも挑戦しました。
メジロラモーヌ
1985年デビューのメジロラモーヌは、翌春から河内さんとコンビを組み、この年、メジロラモーヌは牝馬三冠を制覇しました。加えて、各レースの前哨戦であるトライアルレースもすべて勝利するという完璧な強さを見せました。
アグネスタキオン
河内さんに念願のダービータイトルをもたらしたアグネスフライトの弟であるアグネスタキオンは、デビューから圧倒的な強さを披露し、無傷の4連勝で2001年の皐月賞を手にします。コンビを組む河内さんの評価も非常に高く、三冠制覇をも期待される程でした。しかし、皐月賞の直後にケガをして引退し、種牡馬として第二の人生を歩みました。