ご希望の競馬場情報を無料で検索できます。

施設検索/ホームメイト・リサーチTOP

ホームメイト競馬場リサーチ

競馬場情報

騎手のご紹介(8)藤田伸二騎手について



藤田伸二さんは、1996年のG1日本ダービーを制するなど、一流ジョッキーとして知られる騎手です。彼の来歴や人柄をまとめます。

来歴

来歴

1972年に北海道で生まれ、牧場勤務などを経てJRA競馬学校に入学しました。3年間の騎手課程を経て、1991年にデビューします。初年度から39勝を挙げ、JRA賞(最多勝利新人騎手)、関西放送記者クラブ賞(新人敢闘賞)などを獲得し、若手の有望株として注目を集めます。

その後も着実に白星を重ねていき、2002年には自身初となる年間100勝を達成し、以降6年連続で年間100勝以上の成績を残します。

若い時期からビッグレースでも存在感を発揮しており、デビュー2年目の1992年には早くもG1を制覇(エリザベス女王杯:タケノベルベット)し、さらに1996年には、フサイチコンコルドで日本ダービーを制しました。史上2番目の若さでのダービー勝利を果たし、その後も、コンスタントにG1レースで活躍しています。

フェアプレーへのこだわり

1991年のデビューから2013年現在までに、フェアプレー賞を17回獲得しました。他馬の進路を妨害したり、危険な騎乗をしたりすることはほとんどなく、クリーンな騎乗を行なう騎手として周知されています。このようなことから、成績上位でなおかつ騎乗ぶりが安全な騎手に贈られる「特別模範騎手賞」を2004年、2010年の2度受賞しています。

本人もフェアプレーに対するこだわりは非常に強く、他の騎手が危険な騎乗をした際に痛烈な批判をしたことが多々あります。

著書によるJRAへの批判

はっきりとした物言いをすることでも知られており、他騎手や関係者、あるいはJRAに対する批判を行なう騎手としても知られています。

2013年に発売した著書『騎手の一分 ―競馬界の真実―』(講談社現代新書)では、特定の騎手の騎乗フォームへの疑問や、外国人騎手の起用が増える現状への危機感を記しました。

また同著では、JRAに対する批判も多く見受けられました。なかでも、騎手と馬主、調教師の間にエージェントが入って騎乗馬を仲介することをJRAが容認した「騎乗依頼仲介者制度」に関しては、はっきりとその問題点を指摘しています。

大舞台での勝負強さ

G1の舞台ではたびたび伏兵を好走させたり、圧倒的本命馬を下したりするなど、その勝負強さには定評があります。

例えば初G1制覇となった1992年のエリザベス女王杯は、18頭中17番人気だったタケノベルベットで勝利し、単勝91.3倍という大波乱を演出しました。また、1996年の日本ダービーでも、単勝2.3倍という圧倒的な1番人気を誇るダンスインザダークを、7番人気のフサイチコンコルドで負かしました。