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騎手のご紹介(9)中舘英二騎手について



中舘英二さんは、1984年にデビューし、息の長い活躍を見せる騎手です。彼の来歴や騎乗ぶりなどをまとめます。

来歴

来歴

中舘英二さんは、東京都で1965年に生まれ、小柄だったことから親に騎手の道を勧められて、馬事公苑の騎手養成長期課程に進みます。

デビューは1984年のことで、加藤修甫厩舎に所属しました。初年度こそ年間7勝に終わったものの、2年目・3年目は30勝を超える勝ち星を挙げます。

その後しばらくは勝利数に伸び悩みますが、1994年以降はコンスタントに年間60勝近くをマークし、さらに2001年には自身初の年間100勝を達成します。

2005年からは5年連続で年間100勝を決めており、2013年3月に通算1,800勝を挙げています。G1についても、2007年までにヒシアマゾンなどで3勝しています。

他馬に迷惑をかけない安全な騎乗を行なう騎手としても評価されており、1990年の初受賞以来、フェアプレー賞をコンスタントに受賞しています。

ローカルでの活躍

2000年以降、中舘英二さんの勝利数が伸びた要因として、ローカルでの活躍が挙げられます。

JRA競馬場10ヵ所のうち、東京中山京都阪神は「主要4場」とも言われ、ビッグレースは主にこの4場で行なわれます。対して残りの6場は「ローカル」と呼ばれています。トップジョッキーのほとんどは主要4場を中心に騎乗しているのですが、中舘さんはいかなる時期もローカルの競馬場を優先しました。

ローカルの中には、小回りでゆるやかなアップダウンを繰り返す福島競馬場や、約659mという日本最長の直線を誇る新潟競馬場など、様々な形態のコースがあります。その中で勝利を積み重ねられたのは、ベテランならではの高い技術があったからこそでした。

「逃げの中舘」として親しまれる

中舘英二さんと言えば、スタートから先頭を奪いそのまま押し切る「逃げ」戦法が得意な騎手です。ファンからは「逃げの中舘」という愛称で呼ばれています。過去に中舘さんとコンビを組み、逃げ戦法で活躍した馬は少なくありません。

なかでも有名なのがツインターボです。1991年のデビュー以来、後続を大きく引き離す逃げ戦法をとっていたツインターボは、1993年に中舘さんとコンビを組んで重賞を2勝します。勝てば鮮やか、負ければ惨敗という極端さからファンに愛されていました。

また、中舘さんにとって3つ目のG1制覇となった2007年スプリンターズステークスでも、アストンマーチャンで逃げの手を打ち、勝利をつかみました。