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競馬の調教師のご紹介(1)
尾形藤吉さんについて



尾形藤吉さんは、JRAの調教師として歴代一位の勝利数を残した人物です。彼の足跡や管理した馬について紹介します。

来歴

来歴

尾形藤吉さんは1892年、北海道有珠郡伊達町に生まれました。牧場での勤務を経て、1911年に騎手としてデビューします。当時は騎手と調教師の資格を同時に所有できたため、尾形さんは合わせて調教管理者資格(現在の調教師免許)を取得しました。数年後、騎手を続ける傍ら、厩舎を開業します。後に騎手を引退し、調教師に専念しました。

1934年には、管理馬のフレーモアが日本ダービーを制覇しました。尾形さんにとって初のダービータイトルであり、さらに2・3着も同厩舎の馬が占めるという結果になりました。

以降、八大競走と呼ばれる主要レースで尾形さんの管理馬が軒並み勝利します。日本ダービーを8勝、オークスを5勝など、八大競走を生涯で39勝する金字塔を打ち立てました。

年間最多勝利調教師には12回輝き、通算での勝利数は歴代最多の1,670勝を数えます。このような成績から「大尾形」と呼ばれました。

後継者の育成

尾形藤吉さんは名馬を数多く育てただけでなく、競馬界の人材育成にも多大な功績を残しました。のちに調教師として1,358勝を挙げる松山吉三郎さん、騎手として通算1,295勝し、現在の騎乗フォームとして一般的な「モンキー乗り」を海外から持ち込んだ保田隆芳さん、「ミスター競馬」と呼ばれ、騎手として1,339勝を挙げた野平祐二さんなど、数多くの偉大なホースマンが尾形厩舎に所属していました。

管理した主な活躍馬

尾形藤吉さんが管理した主な活躍馬を紹介します。

クリフジ
1943年~1944年にかけて活躍し、11戦11勝の成績を残した牝馬です。牝馬ながら日本ダービーに優勝するという偉業を成し遂げました。全レースでクリフジとコンビを組んだのは、まだ騎手デビューから1年の前田長吉さん。彼も尾形厩舎の所属であり、高い能力を評価されたためにこのコンビが生まれました。クリフジの日本ダービー制覇により、前田さんは日本ダービーの最年少優勝記録(20歳3ヵ月)を樹立します。2013年現在、この記録は塗り替えられることなく残り続けています。
メイズイ、グレートヨルカ
1963年の三冠レース(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)では、メイズイとグレートヨルカが相対します。皐月賞と日本ダービーを連勝したのがメイズイで、最後の一冠・菊花賞で雪辱を果たしたのがグレートヨルカでした。
ライバル関係にあった2頭ですが、どちらも尾形厩舎の管理馬でした。圧倒的な実績を残す尾形さんだからこそ、これ程の逸材を2頭管理できたと言えます。
2頭とも、当初は尾形厩舎に所属する保田隆芳さんが主戦騎手を務めていましたが、途中から路線が重なり、メイズイには森安重勝さんが騎乗します。彼も尾形厩舎の所属騎手でした。