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競走馬のご紹介(1)
ナリタブライアンについて



ナリタブライアンは、1993年~1996年に活躍し、5つのG1を制した競走馬です。多くのファンを魅了した、この平成初期の名馬について紹介します。

来歴

ナリタブライアンの生涯を振り返ります。

デビュー初年度

ナリタブライアンは、1991年、早田牧場新冠支場で生まれ、1993年8月に函館競馬場でデビューします。デビュー戦は2着でしたが、2戦目で初勝利を挙げると、秋には徐々に実力を発揮し、暮れの朝日杯3歳ステークス(現在の朝日杯フューチュリティステークス)を制するまでになります。

三冠馬に

翌年のナリタブライアンは圧倒的な強さを見せ、シーズン初戦の共同通信杯4歳Sから4連勝を飾ります。3戦目となった皐月賞、4戦目の日本ダービーでは他馬を寄せ付けない圧勝劇で、「三冠確実」と言われます。

秋初戦の京都新聞杯ではスターマンに不覚を取って2着に敗れるものの、菊花賞では2着に7馬身差を付けて勝利します。1984年のシンボリルドルフ以来、5頭目の三冠を達成しました。

さらに、年末の有馬記念を制し、この年G1を4勝するという快挙を成し遂げ、その結果、JRA年度代表馬に選出されました。

低迷期

三冠達成の翌年、さらなる飛躍が期待されたナリタブライアンにケガが襲います。右股関節炎により秋まで休むと、復帰後は3戦連続で惨敗します。翌春には阪神大章典でマヤノトップガンとのマッチレースをものにしますが、以降は天皇賞・春2着、高松宮杯4着と勝てず、その後、屈腱炎(くっけんえん)を発症し引退しました。

ナリタブライアンのスタイル

道中は中団に付け、徐々に進出して直線で突き放すのがナリタブライアンのレーススタイルです。その勝ち方があまりに一方的だったことから、「怪物」と呼ばれました。

また、レースで装着したシャドーロールはナリタブライアンのトレードマークになりました。

三冠レースでの圧倒的な強さ

ナリタブライアンの強さを語る上で欠かせないのが、三冠レースにおける着差です。皐月賞は3馬身半、日本ダービーは5馬身、菊花賞は7馬身と、戦うごとに着差を広げていきました。

マヤノトップガンとのマッチレース

ケガにより前年低迷したナリタブライアンが、1996年の始動戦に選んだのが、3月の阪神大章典でした。前年の菊花賞と有馬記念を制したマヤノトップガンもこれに出走しており、レースは3コーナーから2頭が他馬を引き離す展開になります。直線に入ると2頭は馬体をびっしり併せての追い比べとなります。最後はナリタブライアンがアタマ差だけ凌いで勝利しました。天皇賞・春の前哨戦でありながら、このマッチレースは「世紀の一戦」と言われ、今なおファンの間で語り継がれています。

高松宮杯への出走

2,000m以上のレースで実績を重ねていたナリタブライアンが1,200mの高松宮杯に出走すると決まったときは、大きな物議を醸しました。結果は4着で、その後ケガにつながったこともあり、高松宮杯が引退レースとなりました。