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競走馬のご紹介(5)シンザンについて



シンザンは、昭和の日本競馬を代表する存在として挙げられる競走馬です。戦後初の三冠に輝いた同馬の軌跡を振り返ります。

来歴

来歴

シンザンは1961年に生まれ、1963年11月にデビューを果たします。当時、関西のトップ厩舎だった武田文吾厩舎に所属し、鞍上は栗田勝さんが務めました。

デビューから6連勝で1964年の皐月賞を制覇し、次の4歳オープンは2着に負けたものの、続く日本ダービーで優勝し、二冠を達成します。

秋は2連敗(ともに2着)を喫しますが、11月の菊花賞では勝利し、セントライト以来となる2頭目の三冠馬に輝きます。

古馬となった1965年もシンザンは隙のない強さを見せます。その年の成績は、8戦7勝2着1回という内容です。天皇賞・秋や有馬記念などの八大競走にも勝利します。

生涯成績は19戦15勝でした。敗戦したレースもすべて2着という強さでターフを去りました。八大競走を5つ制したことから「五冠馬」と呼ばれました。

引退後は種牡馬として活躍し、G1を3勝したミホシンザンや、菊花賞を制したミナガワマンナなどを残しました。

1984年に殿堂入りを果たしたシンザンは、1996年に死亡します。35歳という大往生でした。

レーススタイル

シンザンは、先頭を射程圏内に入れて、ゴール前に差し切るスタイルが身上でした。直線では騎手のムチに応えてしぶとく伸び、ゴール前で他馬を交わすその姿から、「ナタの切れ味」と評されました。

シンザン鉄

前脚と後ろ脚の可動域が広く、他馬より脚力の強いシンザンは、走っている最中に自分の前脚と後ろ脚をぶつけてしまうことがありました。ときには蹄から出血していることさえあった程です。蹄のケガはサラブレッドにとって致命傷にもなりかねません。そこで調教師の武田文吾さんは、シンザン専用の蹄鉄を用意します。これが「シンザン鉄」と呼ばれました。

シンザン鉄は、後ろ脚の蹄鉄の形が特殊になっており、前脚があたっても蹄鉄が蹄をカバーし、ダメージを受けないようになっていました。

現在、このシンザン鉄は京都競馬場に展示されています。

ミハルカスとの攻防

シンザンを語る上で欠かせないのが、引退戦となった有馬記念でのエピソードです。1番人気でレースを迎えたシンザンは、順調にレースを進め直線に入ります。

このとき、秘策を練っていたのがライバルのミハルカスに騎乗した加賀武見さんでした。当日の芝コースは内側が非常に荒れており、どの馬も外側を走りたい状況でした。そこで加賀さんは、直線手前でシンザンの前を横切るように外側へ進路を取り、シンザンを馬場の悪い内側へ押し込もうとします。

しかしシンザンは、そのミハルカスのさらに外へ回ります。観衆に隠れる程のアウトコースぎりぎりを駆け抜け、見事に引退レースを勝利で飾りました。