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競走馬のご紹介(8)ハルウララについて



ハルウララは、地方競馬の高知競馬に所属し、2000年代に大きな話題となった競走馬です。連敗記録からスターになった同馬について紹介します。

来歴

ハルウララと言えば、連戦連敗の競走馬として知られています。そんなハルウララの来歴をまとめます。

デビュー

1996年に生まれたハルウララは、父にニッポーテイオー、母にヒロインという血統の持ち主で、地方競馬の高知競馬から1998年にデビューします。初戦は5頭立て5着でした。2戦目は6頭立て5着、3戦目は6頭立て6着と負けを繰り返します。

ブームのきっかけ

ハルウララはこの後も連敗を繰り返し、その数は60連敗程にまで達していました。そしてこの連敗記録が高知新聞で紹介されると、世間で注目を集めます。次第にハルウララの連敗記録が話題になり、その数が100連敗へと近づく頃には、全国放送のワイドショーで取り扱われる程になりました。

100連敗を記録

デビューから5年経った2003年12月14日には、ついに100連敗を記録しました。高知競馬では記録的となる観客を動員し、テレビでも大きく報じられました。なお、地方競馬ではレース名を公募などで決めることがあり、このときのレース名は「ハルウララ100戦記念」となっています。

2004年3月には、JRAの武豊さんが高知競馬に来場し、ハルウララに騎乗しました。この頃にはハルウララを見に全国から人が集まってくる状態で、国内でも有名な競走馬となります。

オーナーが代わり引退

その後も連敗を伸ばし、5月には109連敗で当時の日本歴代2位となり、ハルウララの人気は頂点となります。しかし、この時期にハルウララのオーナーとなった株式会社エムエイオフィスの安西美穂子さんが引退を発表します。その後、ファンの反対がありながらも引退は撤回されず、2004年8月のレースを最後にハルウララは現役を退き、連敗記録は113となっていました。

引退後

引退後は安西さんの意向により、千葉県のホースセラピー施設でファンと触れ合うなどの活動が行なわれていました。

「負け」が賛美されることの功罪

ハルウララのブームにより高知競馬は大いに盛り上がりました。連敗を期待するファンや、ハルウララの馬券が「当たらない」ことから、リストラ防止や交通安全のお守りとする観客の馬券購入により、多大な売上となりました。その一方で、競馬の本質である勝利と真逆の「負け」が称賛されることに対する批判も少なからず見受けられました。