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競馬レースのご紹介(17)
ジャパンカップについて



ジャパンカップは、各国の競走馬が集い、しのぎを削るG1です。日本の「国際化」に大きく貢献したこのレースを紹介します。

レースの概要

レースの概要

競馬発祥の国・イギリスや、その近隣に位置するフランスなどに比べると、日本はずっとあとから競馬を始めた「競馬発展途上国」です。そのような立場だからこそ「世界に追い付け」というのが、日本の競馬関係者のスローガンでした。

そこで、1981年に創設されたのがジャパンカップです。ダービーなどと同じ芝2,400mの距離で、世界の一流馬を招待し、日本の活躍馬と戦わせようという画期的な試みでした。

開催は11月下旬、舞台は東京競馬場であり、3歳以上の馬たちに出走資格があります。なお、日本で行なわれるレースの中でも、トップクラスの賞金を誇るのも特徴のひとつであり、賞金・レベルともに日本最高峰のレースと言えます。

日本対海外の歴史

第1回から外国馬の招待はうまくいき、出走馬の約半分は外国馬という状況が続きました。その中で際立ったのが、日本と海外の実力差です。第3回まで日本馬の勝利はなく、上位を独占されることもしばしばありました。しかも、決して一流とは言えない外国馬に、日本のトップホースが相次いで敗れてしまったのです。このとき、日本の競馬関係者は世界との圧倒的な差を痛感しました。

初めて日本馬が優勝したのが、1984年の第4回です。終始先頭でペースを握ったカツラギエースが、見事に逃げ切ります。その翌年は、史上4頭目の三冠馬シンボリルドルフが、日本の総大将として優勝します。ただしそのあとは、またも外国馬優勢の時代に突入し、1992年にトウカイテイオーが勝利するまで、日本馬は6連敗を喫します。

1993年以降は、五分五分の戦いとなりますが、次第に日本馬優勢の状況になりました。2000年以降は、ほとんどの年で日本馬の上位独占が続いています。

海外馬招へいの問題点

2000年以降は、ジャパンカップへの外国馬の参戦が減少傾向にあります。その理由としては、日本馬のレベルアップにより「昔より簡単に勝てなくなった」ということが挙げられますが、その背景には日本の芝コースの問題があります。

日本の芝コースはヨーロッパに比べて硬く、スピードが出やすい傾向になっています。そのため同じ距離のレースでも、日本とヨーロッパとではタイムに数秒の差があります。外国馬が勝つには、この慣れない硬い芝に対応しなければなりません。

ジャパンカップ創設当初は、日本馬のレベルが低かったため、硬い芝への適性を割り引いても外国馬が優位に立っていました。しかし近年は、日本馬のレベルが高くなったため、芝への対応力が大きなハンデになります。これが苦戦をもたらしており、ヨーロッパから日本まで長距離輸送をして出走する馬が減る一因となっているのです。